「リスとトラ」




 最近の日本は多くのリスとトラが徘徊するようになって来た。と言っても動物ではない、 人間の話である。ここではリスは雇用される側、トラは雇用する側であるとしておこう。 昔はこの力関係はうまくいっていた。リスは就職したらトラの為に、定年まで 一生懸命働き、トラはそのリスの為に生活が安定出来る条件と環境を守って来たのが これまでの構図だった。ところが、「バブルの崩壊」と言う化け物の出現と共に いつのまにか、この関係は崩れ、勤続年数、数十年と言うリスであろうと、 トラに近い管理職の立場であろうと、容赦なく切り捨てられるようになって来た。 私の親しい友人の中にもこの波をもろに被り、転職を余儀なくされた者達がいる。 彼等はいずれも、優秀な技術者であり、研究者であった。トラの為に、身を粉に して働き、その報酬で家族を養い、ローンで家も建てた。終身雇用制が当たり前の 時代だった。バブル崩壊前はそう言った頑張り屋のリス達のおかげで、会社も大きく なったし、有名にもなったトラもいた。ところが、好事魔多し、世の中が不動産の 高騰に目をつけ始めたのをきっかけに、我先に儲けだけを追い始めた。 自社の経営だけに力を入れておけば良いものの、つい、他に手を出したのがつまづきの 元で、大手の生保や銀行が破綻するにつれて、今度は真面目なトラの立場の者までが 破綻していくはめになったのである。もう、こうなったら止まらない。 坂道を転げ落ちていくがごとく、次々と経営破綻で、倒産する会社が相次いだ。 何とか踏みとどまっている会社も、最初は出来るだけ無駄な物から省いて、極力、 経営の持続に努力しようとしたが、ついに、人材の削減にまで手をつけなければ ならなくなった。いわゆる、人件費の削減による「リストラ」である。 バブル絶頂期は人手が足りないと、東南アジア諸国まで行って、人材を確保していた のが嘘のようだ。一時は大手建設業界も一人の日本人職人に10人の東南アジアの 技術者見習工をつけて、まとめていくらと言うような入札をしていたこともある。 今では、優秀な職人であろうと、当時の収入から考えられない給与で働いている 人が沢山いる。それでも、仕事があれば良いほうだと言う。 若者の就職難はもとより、リストラであぶれた中年、第二の人生を捜している老年に とって、現在の日本の危機的状況は異常だと思う。終身雇用制がすべて良いとは 思わないが、せめて、明日の食事のことを心配しないで済む労働環境を政府は 緊急に講じて欲しいと思う。戦後処理に莫大な予算を投入するよりも、むしろ、現実に 日本国内で起こっている問題に真剣な討論が欲しいし、トラ役の経営者も、一緒に苦労 して来た優秀な人材を簡単に手放すことなく、何とか企業努力で現在の危機を乗り切って 欲しいと思う。家族や愛する人までを放置し、自分の時間も持たず、ひたすら企業戦士として、 働いて来た人の行き先はリストラだったとは本当に情けない世の中になったものである。

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